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◆日本の芋そば
ある複数の筋から、沖縄以外に芋そばがあることを知らされた。
その芋そばの名は、『ろくべえ』という。
長崎の島原、対馬の名産として知られているという。恥ずかしいことに、聞かされるまでその存在を知らなかった。芋そばは、沖縄独自のものだと、頭から信じて疑わなかった。
芋そばのルーツを考える上で、この『ろくべえ』は何らかの参考になると思われるので、早速しらべてみた。いくつかわかったことを、書いておこう。
一、島原のろくべえ
雲仙寛政4年(1792年)に雲仙普賢岳が噴火した。その際に発生した大飢饉(島原大変)のとき、現在の深江町あたりの名主をしていたロクベエという人物が、非常食として考案したものが『ろくべえ』の始まりと言われている。
作り方は、日干しにしたさつまいもを粉にし、それを練り上げ、『ろくべえおろし』、『ろくべえ突き』と呼ばれる穴のあいた板状のものに押しつける。穴から出てきたものを湯がいたり、蒸し上げたりして、麺状にする。それをいりこ、醤油などで作った汁につけて食する。
二、対馬のろくべえ(せんそば)
対馬では1715年(正徳5年)にさつまいもが、原田三郎右ヱ門という郷士によってもたらされたと言われる。飢饉に苦しむ島で、さつまいもはまたたくまに全島に広まった。この芋の保存方法として、対馬では『せんだこ』というのが作られる。これは芋を粉砕し、水を使ってデンプンを抜いた後の芋かすを発酵させ、団子状にまるめたもので、『せん団子』とも言われる。これが、対馬のろくべえ(せんそば)の原料となる。
作り方。乾燥させた『せんだこ』を粉にし、熱湯を加えて錬る。台の上でのばし、包丁で細長く切る。これを熱湯で湯がき、水洗いする。鶏ガラなどでだし汁を作り、かまぼこ、ネギなどを加え、麺を入れて食する。
対馬のろくべえは、地元では『せんそば』と呼ばれてるが、同じ芋そばであることから、島原のろくべえと同じ名称で呼ばれるようになったようだ。
両者は甘藷を原料とする点においては同じであるが、次の点においてだいぶ異なっている。
一、島原のろくべえ
澱粉を含んだサツマイモの粉をそのまま使う。
つなぎとして山芋を加える。
押しだし機(ろくべえづき)を使って、麺状にする。
二、対馬のろくべえ(せんそば)
芋くずを腐敗させた『せんだこ』を原料とする。
つなぎは使わない。
包丁で切って麺にする。
島原と対馬では、作り方にかなり違いがある。これは、同じ芋そばではあるが、由来は別のように思われる。島原のものは、非常に手軽で、飢饉のときの非常食として生まれたという説明によく適合している。
一方、対馬のせんそばについては、由来がよくわからない。さつまいもがもたらされた経緯は前述の通りだが、それがどうやってせんそばに発展したのかがわからないのだ。対馬のせんだこに良く似た作り方が、中国でも行なわれているそうである。薩摩から伝わった甘藷とは別に、作り方だけが大陸から伝わったのはちょっと不自然である。その理由を考えているうちに、思いがけない情報をある文献から見つけた。
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